ラノベ感想:りゅうおうのおしごと!18

読書,ライトノベル,りゅうおうのおしごと,将棋,白鳥士郎

あらすじ

スーパーコンピューターと果てしなく対戦を続けた八一は、その示す未来に絶望。そんな中で、帝位戦の挑戦者として幼馴染でライバルの神鍋歩夢が挑戦者に決定。7番勝負に挑むことに。

一方、夜叉神天衣は祭神雷・女流帝位を番勝負の1局目で破って女流帝位を奪い三冠に。同門の姉弟子である雛鶴あい・女流名跡(女流三段)と山城桜花のタイトル戦で対局する。2度目の公式戦で、天衣は負けた側が勝った側の言うことを聞き、将棋も辞めるという賭けを持ちかける。100年後の将棋を得た天衣とあいの姉妹対決の結末は…。

「100年後の将棋」編完結、残りあと2巻(予定)

前々から完結の話は出ていたような気がしますが、今巻のあとがきでついにあと2巻という予定が公表されました。ちょうど20巻ですね。

それはともかく、今回の対局は天衣vs雷の女流帝位戦、八一vs歩夢の帝位戦、天衣vsあいの山城桜花戦の三戦。それぞれの過程や(女流帝位戦以外の)結果はネタバレになるので書きませんが、いずれもスーパーコンピューターによる100年後の将棋が絡んだ対戦。将棋の未来がどうなるのかという戦いになります。

天衣 とあい、ふたりの「あい」はAI

今回の後書きで天衣とあいの名前の由来は「AI」 であることが語られています。もっとも天衣の由来はもう一つ「天衣無縫」からもきていますが。天衣無縫は自然に作られて巧みなことと説明される一方、人柄や性格が無邪気で飾り気がなく、素直で自然のままという天真爛漫に近い意味があるとのこと。天衣も本来は素直なのでしょうか。まあ、分かりにくいだけで確かに根は素直なところは、今巻のラスト近くの「神戸のツンデレラ」でも明らかとも。

AIと言えば、2022年末から2023年春にかけてChatGPTなどの生成系AIが大流行。将棋でも元々AI利用の話が出てましたが、本作でもここ数巻はスーパーコンピューターを活用した100年後の将棋の話がメインになってました。生成系AIも将棋AIもどちらもディープラーニング(DL)を活用する最近のAIという点では一致しています。もっとも、AIの定義なんてかなりゆるゆるで、人工知能とは関係ない単なるゲームのプログラムもAIと呼ばれています。昔は思考ルーチンという言い方をしていたこともありますけど、「エーアイ」の方が簡潔ですからね。

閑話休題。色々な分野でAIが広がることで人間の仕事が奪われるのではないかと危惧されています。実際、〇〇という職業はAIに淘汰される!とか実しやかに言われています。ただ、これには自分は懐疑的。一体、誰が責任を取るのか?と。
その辺は羽生善治九段がAIに関する著者の中で「医療AIを使う際に、患者は理由はわからないが確率的に効果的だという説明でAIの治療を受け入れるのか?」という問いかけをしているとか。その著書を読んでない伝聞なので詳細は分かりませんが、確かにそうですよね。よほど現在の医療ではどうしても治療できないような難病で、それしか手がないという状況なら別でしょう。ただ、なんとなく理由が納得できる治療法と、AIによる「どうしてそれで治療できるのかを医者すらも説明できない」治療法があり、後者の方が治癒率が高いと言われたとします。それで後者を選ぶ人がどれだけいるのか。

もちろん、費用とか副作用、治療期間など総合的に判断するはずです。でも、他が全く同じ条件だとしたら、たとえ自分が理解できないにしても医師すら理解できない治療法を積極的に試すかどうか。結局、AIは責任を取ることはないので、どちらにしろ人間である医師が全責任を負うのは変わらないわけです。

ちなみに、生成系AIが出したものがAI作かどうかを見破るAIが話題になってますが、将棋界でも指し手がAIかどうかを判定するAIがあるそう。今巻で出てきたようなまるでAIのような手を打つ人間の棋譜を、これらのAIはどう判定するのでしょうね。

将棋の対局の何に興味を感じるのかは人それぞれ。例えば、AIどうしの対局を見て、未知の対局を見るのが楽しいという人もいるでしょう。一方、やはりミスもする人間の極限での戦いこそ意味があると思う人もいるでしょう。なんのために棋士は対局するのか。ここ数巻でこのテーマが描かれてきたかと思います。その一つの決着がつきました。これをどう受け取るかは読者しだい。

2つの帝位戦が同時に描かれた理由

あくまで個人的な意見です。ネット上のラノベの感想でもっと天衣とあいの姉妹対局をもっと掘り下げてほしかったという意見を見かけました。それはそれで個人の意見なのでとやかく言うことではないのは理解しています。

ただ、おそらく全体構成として20巻で完結という工程が示された以上、それに向けてだいぶ前からその結末に向けての構成の組み立てがされていたかと思います。その中で、18巻で描くべきテーマがあったはず。今回、八一vs歩夢の帝位戦と、天衣vsあいの山城桜花戦の2つの対局が後半の山場に登場。帝位戦は7番勝負ですが、クローズアップされたのはその一部のみで、途中経過はさらっと流されています。当然、ここをもっと厚く描くという選択もあるわけです。それは山城桜花戦も同じ。2巻以来のふたりの「あい」の公式戦なので、もっと手厚くしてほしかったという意見も分かります。

ただこの2つの対戦はどちらも「100年後の将棋」に直接関わる対局。人とAIとの関係、なぜAIではなく人間が対局するのかというのが本巻含めたここ数巻のテーマだとすれば、そこから外れた天衣とあいや、八一と歩夢の対局にページを割くのはテーマがぶれてしまいます。

もっとも、著者ではないただの読者に本当のところなんて分かりません。これはあくまでしがないおっさんの私見です。少なくとも、何でもかんでもてんこ盛りにしてやればいいというものではありません。著者としても取捨選択でいろいろ迷うところもあったかと思います。その上で、こういう選択をしたことには賛否両論なのはしかたないことでしょう。ただ、別にどちらが正しいとかではないので、自分としては18巻の描き方で納得しています。

ビッグデータ

AIとともに取り上げられているものの、AIの分かりやすさに霞んであまり注目されていないのかな、と思うのが将棋へのビッグデータの活用。そもそも、DLのためにはお手本データが大量に必要なので、ビッグデータは欠かせません。

これまでもオンラインの将棋対局からのデータ取り込みの話が出てたかと思いますが、今巻でも天衣の口から以下のように語られています。

「このアプリは人間同士の対局の記録が消費時間と共に記録されている。累計対局数は億単位。そんな膨大な棋譜データベースはこの地上に未だかって存在しなかった‥‥今もあらゆる棋力の人間が、膨大な数の将棋を指し続けているの。特にアマチュア高段者という、棋譜の残りづらい存在が」
(中略)
「‥‥‥人間特有のミスや思考方法を、その棋譜の中から抽出しているのか‥‥?」
「安い買い物だったわ!」

「ティア・ゼロ」より

徒歩や交通機関を使って移動したデータを元にポイントを稼ぐポイ活アプリとかありますよね。どちらかというと広告動画を見ることがメインになってるものも多いですけど。こういうのも、利用者の年代や性別、職業などの属性と、いつどこに訪問したのかというビッグデータを紐づけて、こういう属性の人はこういう行動をするという特徴を抽出、それを活用してより効率的なマーケティングをすることで、ポイントというお金になるわけです。

実はDLが主流になった現在は、こうしたデータをいかに大量に、効率よく、質を維持して集めるかが重要。属性のラベリングを間違えれば実態と大きく外れた回答をえることもあります。その辺は、今巻でも終盤の重要なキーワードになっていたかと思います。

一番大事なのは手段と目的を間違えないこと

二つのタイトル戦はそれぞれ決着がつきましたが、そのことが示す2つのポイントがあると思っています。ただ、これを書くとネタバレ気味なので、それは読んでのお楽しみということで。

個人的には手段と目的を混同してはいけないと感じています。なんのために将棋を指すのか、あるいはなんのために仕事をするのか。手段のはずのものが目的となったり、その順番をまちがえたりすると、祭神雷のような悲劇を生むことも。

そういう意味では、九頭竜八一はうらやましいくらいに恵まれているな、と。残り2巻で彼と彼女が何を得るのか。周りの人たちにどう波及するのか、怖い反面、楽しみでもあります。

天衣の真意

今までも高飛車お嬢様として他人に対しては高圧的な態度を取ることが多かった天衣。それは師匠である八一に対しても同じ。ただ、それは彼女の生い立ちが絡んでのこと。実際はあいから「神戸のツンデレラ」と揶揄い半分にいわれるくらい。

前半では月夜見坂や供御飯に対して高圧的な交渉をして失敗するものの、そして、八一に対して狂気を孕んだかのような一言を突きつけても…。あいは無邪気にじゃれつく子犬だし、天衣は猫なんですよね。ある意味、本当に傲慢なのはあいの方。これでよいと妥協しない。それで傷つく他人がいても、自分の掴みたいものを掴む。高慢で高飛車に見える天衣の方が実は自分より他人を大事にしているという矛盾。八一も根っこの部分ではあいに近い気がします。ラスト2巻で八一がどういう選択をするのか。うーん、賛否両論の予感。

今後について

残り2巻となった「りゅうおうのおしごと!」ですが、実は電子書籍オンリーの17.5巻が未読。18巻とどちらを先にするか悩みました。数字の順番で言えば17.5→18なのですが、17.5は天衣がメインらしい。電子書籍オンリーの外伝であくまでおまけ的扱いであることからしても、まずは18巻でふたりの「あい」の対戦を見届けた上で、17.5巻を読むのがせいかいなのかな?と思って後回しにしました。

それが正しい選択だったかどうか、この後、17.5巻を読んで確かめます。が、18巻のラストがまた不穏なんだよなぁ。

公式サイト

既刊感想

一応、期間に関する駄文は以下で参照可能です。