読書感想:invert II 覗き窓の死角
あらすじ
旅行に出かけた帰りに台風の豪雨に巻き込まれた城塚翡翠と千和崎真は、緊急避難でとある山中の1軒屋を訪れる。留守番の少年は妙にソワソワしている。様子のおかしさを察した翡翠は彼の発言の真偽の癖を掴むため、探りを入れ始める。(「生者の言伝」より)
城塚翡翠倒叙集第2弾はドラマ化されている「生者の言伝」と、掲題の「覗き窓の死角」の2篇からなる短・中編集。あなたは探偵の推理を推理することができますか。
城塚翡翠の正義の由来とこだわる理由とは
invertの第2弾は短編と中編を収録。「生者の言伝」はドラマ化されてますが、「覗き窓の死角」はされていません。invertの名の通り、今回も倒叙ものなので、犯人は自明。探偵役である城塚翡翠がどう推理をし、どう犯人を追い詰めるのかを推理する作品になっています。
生者の言伝
こちらは雑誌掲載作品。ドラマ化されたものを見ているため、ネタはわかってしまっています。悪天候などによりある屋敷に閉じ込められた状態になる、というのは本格ものでもよくある設定。作中では推理を推理するための練習として、ポイントが多めに示されています。スマホの件は冒頭部でわざわざあるものの存在を示していた時点、これは何かあるなとは感じました。ただ、それをもって蒼太が侵入者であることの筋立てまでは立てられませんでした。
2つ目の蒼太くんが嘘をつく時の特徴については、読み返して多分これだろうなというのはわかりました。これは読者から見れば彼の言葉の何が嘘で何が本当かはわかるので、わかりやすいかと思います。ただ、実際にこんなわかりやすい特徴が出るものかというのは微妙な気もします。
最後の問題も難しいですね。読者としては当然何が起きて、どう進行しているのかを知っているつもりなので。おまけについてはすでにドラマで知ってしまっているので、なんとも。ただ、確かにあるべきものがないですね。
ドラマとの違いについては少し時間が経ったので曖昧になってきましたが、ロールケーキの製造日を確かめるくだりはドラマにはなかった気がします。
覗き窓の死角
こちらは書き下ろし作品。medium、invert含めて唯一映像化されていない作品。同スタッフ、キャストでスペシャルドラマか劇場版やりませんかね?こちらは初見ですので純粋に楽しめました。まあ、手も足も出なかったのですが。
この中編の中でちょっと気になったのが以下のやり取り。翡翠に協力して事件がストーカーによるものではないという方向で追っている二人の刑事、槙野と蝦名のやりとり。翡翠の見た目に騙されるなという槙野に対しての蝦名の反論です。
「わかってますって。演技だろうが見てる分にはそれでいいんですよ。だいたい、テレビに映ってるアイドルだってみんな演技してますからね。夢の国のショーと同じです。偽物だっていうのを知ってて楽しむんですから」
「覗き窓の死角」より
「それはそれで夢のない言葉だな」
いや、本当に夢がない。確かに多くの人は「中に人が入っている」ことを知っていながら、そこは忖度して「中の人などいない」と言うわけで。まあ、たまに本気で中に人が入っていないと思ってる人もいますけど(あくまで比喩の話です)。
アイドルは恋愛禁止なんてのは絵空事に過ぎないし、そんな権利を誰ももってないのは自明(明らかな人権侵害なので)。でも、それを信じたいから信じてしまう、結果、スキャンダルが起きると裏切られたと感じてしまう。まあ、多くの人は本気で恋愛禁止なんて建前だと分かっていて、ビジネスなんだからもっと上手くやれよと思うだけでしょうけど。
これ、おそらく犯人もそれに囚われていたかと。後日談で今回の事件の発端になった事件に対する疑問が提示されます。作中でも書いてある通り、これは可能性の一つであって事実かどうか不明。正義というのはこのシリーズ、特にinvertでは何度か登場しているキーワードです。例えば、小学校を舞台にした事件でも「自分は正しい、正しいから殺人も許される」という犯人に翡翠は反論しています。今回の詢子もそうですね。
自分なんかはすれた中年なので、ついつい世の中そんな綺麗事じゃ済まないという犯人たちの論の方に頷いてしまいたくなります。その方が楽なので。ただ、綺麗事をちゃんと言うのが大人の役目という話を何かの本で読んだことがあります。大人はずるいから自分のことを棚に上げて子供に綺麗事を押し付けます。自分のようになってほしくないから。まあ、子供や若者から見れば、自分を棚に上げて好き放題言うなと呆れるでしょうけど。
「覗き窓の死角」にはいろいろな意味が込められているのかと思います。人間は所詮、自分の物差しでしか世の中を測れない生き物。色眼鏡と言うか、自分の殻の中から外を見るための覗き窓から世界を観測するわけで。そこには当然死角もあると言うことを念頭に置いて生きていかないと、色々誤ってしまうこともあると。
ミステリ?ミステリー?
さて、「覗き窓の死角」にこんなくだりがあります。
やはり彼女は相当のマニアらしいことが窺える。推理小説のことを、「ミステリー」と呼ぶか、「ミステリ」と呼ぶかで、大体把握できるというものだ。
「覗き窓の死角」より
自分はミステリ読みではないので、ミステリとミステリーの微妙な表現の違いについては、これが本当なのか含めて分かりません。ただ、技術者は語尾の長音は記載しない傾向が高いです。例えば、一般記事では「コンピューター」かと思いますが、工学系では一般に「コンピュータ」と記載します。これは「プログラマー」と「プログラマ」や「ユーザー」と「ユーザ」や、「ルーター」と「ルータ」とか、大体のもので語尾の長音は書かない慣習になってます。本当はもっと細かいルールがあるのですが、あまり意識しないし細かくなるので省略。慣習に慣れてる人たちは意識しないで感覚的に長音記号を省略できるので。
これ電気、電子、情報、通信、機械などに特有で、同じ理系でも物理や化学ではそういうことはないそう。あれ、数学はどっちでしょう?
また、そういう慣習があるのは確かですが、なぜそうするのは自分は知りません。英語でも発音を聞くと「computer」とかあまり「ター」という感じではないのは確かです。
ミステリとミステリー、あるいはミステリィについても根は同じという説があります。ミステリ(ミステリー)は英語で書くと「Mystery」です。上述の工学系の慣習では語尾が-yの場合、2音以内なら長音記号あり、3音以上ならなしという慣習です。例えば「copy」はコピではなくコピー、「memory」はメモリーではなくメモリです。「Mystery」も3音以上なので長音なしのミステリと呼ぶのは工学系の慣習と同じですね。
また、根拠がよくわかりませんが推理小説はミステリ、神秘や怪奇現象やオカルトはミステリーという使い分け説もあります。まあ、後付けじゃないかという気がしますけど。この辺は異なる言語をカナ表記にする際の宿命みたいなもの。実際に「Mystery」の発音を聞けば、人によって「ミステリー」、「ミステリ」、「ミステリィ」と意見が分かれると思います。個人的には長音をつけるほど伸ばしているようには感じないので「ミステリ」ないし「ミステリィ」と感じます。
こういう感覚はその人の受け取り方次第。結局、個人にはそれぞれ言い分、大義、正義、解釈があって、必ずしも一致しないわけです。それが多様性ってやつかと。
ソフトウェアエンジニアよ、名探偵たれ
「生者の言伝」のラストの方に以下のくだりがあります。
「探偵というのは、誰も信じません。他者を信じず、自分を信じることもなく、ただ論理だけを信じる。それは難しい生き方かもしれません」
「生者の言伝」より
自分は長年システム屋さんをやってきました。他の人は存じませんが、自分はエンジニアも同じ考え方をすべきだと思ってます。つくったプログラムに問題があると、すぐに人はそれを他責と考えます。曰く、ライブラリのバグじゃないか、MWやあるいは他の同僚、下請けのパートナーの問題じゃないか?あるいは仕様の問題や要件の問題じゃないのか?
もちろん、そういう場合もあるのも確か。ただ、自分の問題だったりすることも多いです。そして、自分をまず疑うというのは慣れないととても難しいのです。例えば、書いたばかりの文章の誤字脱字は相当気をつけて見ないとスルーしてしまうことがあるかと思います(自分だけ?)。これは、自分の中では正しく書いたつもりでいるから。それが頭に残っているうちは脳内で都合よく補完してしまうので見過ごしてしまうことがあります。でも、一晩寝かせると一旦そこから離れるためか、すぐに気づいたりします。
プログラムを書いていればどうしても不具合(バグ)は避けられません。見つけたバグは潰さないといけません。が、深く考えずに「こういう原因だろう」と判断して深く探らない場合もあります。それは経験から今回も同じだろうということもあれば、経験不足から正しい答えに辿り着かなかったりすることも。「覗き窓の死角」で言えば、これみよがしに置いてあるノコギリをもって、「ストーカーが解体しようとしたに違いない」と飛びつくか、本当にそうなのかと深掘りするのか。つまり、他者を信じず、自分も信じず、論理のみを信じることができるか。
ただ、これは人間としていく社会で生きていくには必須ではないかと。何かとフェイクニュースとかが話題になりますが、最初から全てを疑い、ただ論理だけを信じる。全ての思い込みを廃して、論理だけを見る。これができればフェイクに騙されることもないわけです。いや、本当に難しいですけど。
探偵の眼差しというのを常に実践するのは難しいです。ただ、大事な判断をするときにはそれを意識したいものです。
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