ラノベ感想:ユア・フォルマ 電索官エチカと機械仕掛けの相棒
2020年の電撃小説大賞の大賞作品。同期の受賞作は金賞が既読の「受付嬢ですが、定時で帰りたいのでボスをソロ討伐しようと思います」等。本賞受賞作品が必ず人気が出るわけでもないですが、多くの受賞作がコミカライズは当たり前として、アニメ化されたりしているラノベ界の権威の一つでの大賞受賞作品となります。
3作出版済みですが現在1巻がKindlue Unlimited対象。以前から気になっていたのでこの機会に読みました。
あらすじ
1990年代に発生したパンデミックにより人類がアミクスという人型ロボットに人間の代わりに仕事を任せるようになった世界。この世界ではコミュニケーションと情報収集の手段として、ユア・フォルマという脳内デバイスを介した拡張現実が普及していた。あらゆる情報がスマホではなくユア・フォルマによって視野内に表示される社会では、記憶までもが「機憶」としてユア・フォルマに保持されている。
電索官はその「機憶」に残された情報をイメージとして認識し、犯罪の証拠や情報を得ることを目的とした警察内の役割の一つ。電索官は「機憶」に「潜る」にあたり、引き上げてもらうために補佐官が必要不可欠だが、電索官と補佐官は能力に釣り合いが取れないと一方に課題な負担がかかってしまう。
電索官エチカは類まれな才能を持つが、それ故に歴代の補佐官が耐えきれずに補佐官を次々と変えざる得ずに孤立している。そんなある日、脳内の仮想現実による吹雪によって低体温症を引き起こすユア・フォルマのウィルスが見つかる。その捜査に加わったエチカのもとに現れた相棒はアミクスのハロルドだった。
幼少時の経験からアミクスを避けてきたエチカだが、ハロルドはまるで人間のように観察だけでその人の直面している状況を言い当てたり、あえてアミクスであることを伏せて捜査対象者をナンパしたり、あろうことかエチカを揶揄ったりと、エチカの「アミクス像」をぶち壊す特別な存在だった。
仕方なくハロルドを相棒として操作を進めるにあたり、二人は衝突しながらもやがてお互いの事情を知っていくことになる…。
ロボット嫌いの人間と、人間臭いロボットの凸凹バディ
推薦の言葉から
本作の特設サイトに、電撃関係の先輩作家の書評が掲載されていますが、その中に秋山瑞人氏の以下の言葉があります。いや、秋山さんは作品書いてください…。
そもそも「出来のいい美青年ロボとツンデレ天才少女」という時点でズルいわけです。そんなん大好物なわけですよ。
ユア・フォルマ 特設サイトのRECOMMENDより
そんな二人が活躍するSFミステリとくればこれは大注目であり目が離せないわけですよはい。
ほんとこれ。あと他のおすすめの言葉で気になったのがこちら。未読ですが『スパイ教室』という作品を執筆されている竹町さんという方のコメントです。KindleかKindle Unlimitedでおすすめされて少し気になってた作品の著者でした。
圧倒的に「強い」作品。「天才少女と腹黒ロボットのバディ」と入りは軽く、魅力的な謎にぐいぐい魅了され、そしてその根底にある「人とロボットの境界」というSFの宿命的なテーマの描き方に打ちのめされる。
ユア・フォルマ 特設サイトのRECOMMENDより
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』と『シャーロック・ホームズ』−SFとミステリーの名作を一気に味わったような読み心地。そりゃ強いわ。
よくある正反対の二人が衝突しつつも分かり合う話?
と、最初のうちは思っていました。秋山瑞人さんのおかげでAI推しになった自分としては、AIバディものということで期待しつつも、あまりに人間臭いハロルドにやや戸惑い気味。そういう意味では、同じ電撃の『リビルドワールド』の(おそらく)AIのアルファに近い点があり、個人的にはもうちょっと堅物な昔ながらのAIが懐かしいな、と思ってました。個人的には『翠星のガルガンティア』のチェインバーとか最高でした。言わばAIのツンデレ。そういう点ではむしろエチカの方が堅物感があります。
幼少期の経験からアミクス嫌いを自認するエチカですが、そもそも家族の愛に恵まれず、友人もおらず、人間関係も苦手という拗らせた人です。ただ、何の因果か電索官への適性はピカイチでした。補助官に負担をかけることに罪悪感を覚えつつも、それを口に出せない高倉健並の不器用さ。
そんな二人が衝突しつつも分かり合って事件の謎を解いていく…と思っていた時期がありました。それが読み進んでいったある時点でハロルドの「想い」が明かされて一変しました。
秋山さんは「出来のいい美青年ロボ」、竹町さんは「腹黒ロボット」と称したハロルド。序盤はエチカに対しても、捜査で関わった女性に対してもかるい態度でまるで人間のように接してエチカを呆れさせます。他人との接触を避けがちなエチカとは正反対です。しかし、それはある事件をきっかけにしたハロルドの「想い」から出てきたことでした。その内容は読んでのお楽しみ。
ロボットと人間
この手の作品では有名な「ロボット三原則」ですが、本作でもそれに近いものがあります。この世界では「敬愛規律」と呼ばれており、「人間を尊敬し、人間の命令を素直に聞き、人間を絶対に攻撃しない」というものです。多少曖昧ではありますが、ロボット三原則の第一条と第二条に即しています。ただ、第三条の自己防衛に関するものがなかったりします。そのせいか、ハロルドも「替えが効くから」という理由で我が身をあまり省みなかったり、自分を犠牲にしたりする行動が見られます。もっとも、ハロルドはその行動からして「特別製」なので、彼をアミクスの基準として良いのか微妙なところもあります。
この規律がありながら、作中のエチカをして本当にアミクスかと疑いを持たせるのがハロルドです。実際、彼の「想い」は敬愛規律に反することまで考えているようなものを含んでいるようです。曖昧な書き方をしているのは、ハロルド自身が最終的な目的を明かしていないせいもあります。そこはさておいても、彼の人間との軽い接し方や、その裏にある思惑は、とても「人間を尊敬し」ているとは思えません。エチカの指示に反論したり、拒否したるすることからも「人間の命令を素直に聞き」も怪しいところです。何より、ハロルドではないですが、あるアミクスが「人間を絶対に攻撃しない」に抵触することを平気でします。敬愛規律に縛られているはずのアミクスがその戒めに囚われない一方、エチカもそうですが人間は自分の中に自分で「縛め」を作って自縄自縛になる人もいます。
人とロボットとは何か、その境界はどこにあるのか。まさにSFの宿命的なテーマであり、今後のAIやロボットの発展に伴って現実になりかねない問題でもあります。
最後に秋山瑞人さんの作品から引用して終わります。いや、ほんと「EGコンバット」は表紙を見ずに買って欲しい作品なのですが、未完の上に絶版らしく、電子化もされてないらしいのですよね。本当に残念。ITに関係していたものとして、以下の書評には全くもって同意です。中身を知らずにMWとかFWを使って、100回に99回はうまくいっても、どうにもならない1回目にどう対応するか。エリア88にもプロペラ機に助けられる話とかありますけど、最後は人間なんですよね。それはロボットと人間の付き合いにも影響すると思ってます。
まあ、それに備えられる人材を大量に確保すること自体が現実的ではないのかもしれませんが。
電線に、電気を流すと、そこには意識が生じるんです。
秋山瑞人『EGコンバット 2nd』より
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